失礼を題材にしたビジネスって超うぜー

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※冒頭の画像は本文と関係ありません

少し前に「メールで『了解しました』という表現は失礼だ!」というのが話題になってまして。ただのブログが話題にしたかと思いきやNHKのニュースにまでなっててびっくりしちゃいまいたよ。

各種マナー本とか、なんかこういう感じで無理やり「○○は失礼!」と新しく作ってる気がするんですよね。個人的には非常に不快で。

例えば、ご祝儀は3万以上の奇数万円じゃないといけないとか。

例えば、飲み会での座席の位置とか。

例えば、就職活動での受け答えの仕方とか。

 

俺がまだ30前のオッサンだからというのもあるかもしれませんが、その辺のマナーってあんまり気にしないんですよね。そこそこ丁寧だったら別にいいじゃん、みたいな。

ただ、そういうマナーって『誰かが不快に思うから辞めよう』という前提で広まったりするので。じゃあその『誰か』って誰よという話なんですが。

 

大企業だったりすると社内政治で優位に立つために相手の失礼なところを積極的に探さないといけなかったりするんですよね。「○○が失礼だからお前はダメだ!」→「だから権力は俺が上だ!」みたいな。

一方、就職活動でも相手のダメなところを探す必要があったりして。大体どの人も変わらないから、無理矢理ダメなところを探して「ここがダメだから減点」→一番原点が少ない人を採用、みたいになったりして。

というわけで、減点法で評価する人に対抗するために、減点されるところを減らさないといけない……という結果として失礼の無いようにと立ち回らないといけなくなってるわけです。

 

さらに厄介なのは、不満があっても直接言わないという文化でして。個人的には、偉い人に文句言ったところで聞いてもらえないから諦めるという価値観から成り立っていると思うのですが。

なので、なにか失礼なことがあっても直接文句を言わずに他の人に文句を言ったり無言で評価を下げたりするんですよ。

せめて、「その言動は俺が不快に思う」と直接表明してくれればいいのですが、それを言われずにいつの間にか評価が下がってたりするんですよね。

 

かくして、失礼な言動をしても文句を言われずに評価が下げられ、極力失礼なことをしないように行動しなきゃいけない……という地雷原を彷徨うような生き方をさせられるわけです。なんて世界だ。

更に言えば、「誰かが不快に思うから辞めたほうが良いよ」という謎の助言により、誰かというオバケとも対応しなきゃいけないという状況。別に茶髪でもいいだろう、と思ったりします。

 

冒頭のマナーについての話に戻りますが。そういう地雷原を彷徨う生き方に対して「こういう地雷がありますよ!!!」って新たに地雷を増やす業界って本当に腹立たしいな、と。

前述のとおり、不快に思っても文句を直接言わない人が多いので、「そんなの誰も不快に思わないですよ!」と言っても誰が不快に思うかが分からないですし。

マナー作成業界としては新たな地雷を作って、『こういう行動は評価を下げる』という文化を作ってしまえば勝ちですし。昔からあるものを紹介するよりも『実はこれが地雷でした!』という気づきのほうがインパクトが大きいですし。

結局のところ、評価する側が不快じゃないといちいち表明する必要しないと、こういうシステムは無くならないんだと思います。「面接でスーツ以外でも大丈夫です」とか「飲み会の座席は自由です」とか。

職場での飲み会で、上司が積極的にノンアルコールを頼んでくれるおかげで若手も無理に飲まずに済んでますし。こういうマナーについてはなるべく立場の上の人が積極的にマナーを破って「そのマナーは守らなくても不快じゃないんだ!」と思わせたほうが良いんじゃないかなと思います。

 


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