年を取るということ

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※冒頭の画像は本文と関係ありません。

自分の誕生日にはまだ遠いのですが、自分の人生のライフプランというのをふと考えるようになりまして。言い換えると、「これからどういう人生を送りたいか」ってことですね。

自分の給料はそれほど高いわけではなく、これから上昇し続けるということも考えられないので、どうしても「如何に現状維持するか」だけを考えていたのですが。よく考えてみると、現状維持よりも進展していかなければいけないのではないだろうか、とも思いまして。

例えるなら会社での出世とか。

例えるなら結婚とか。

例えるなら育児とか。

そういうことを着実に積み重ねていって、ある程度落ち着きつつも情熱を持ち続けることが必要なんじゃないかなぁと思ったわけです。

 

「どうせ結婚できないんだし。そもそも現状維持でいっぱいいっぱいだよぅ」という気持ちには変わりないのですが、現状維持のままであと数十年経過して、自分の中で何も変わらないというのは良いことなのだろうか、とすごく思ってしまったのですよ。

絶対に変わらなきゃいけないわけではないものの、何も変わらずに生きるということは、すなわち「良いことと悪いことを受け止めて成長する」ということを全くしていない、と思われるのではないか、と。

20歳でも30歳でも40歳でも、それまで生きてきた人生があって、その中で仕事や趣味やプライベートなどでいろいろ影響を受けて、それを踏まえて自分なりに変化するのが人生なんじゃないかな、と。

その結果として分かりやすいのが収入の変化だったり家庭環境の変化だったりするんじゃないかな、と。

だからこそ世間一般では結婚とか出世といった『分かりやすい成長した証拠』を持ってることを評価するんじゃないでしょうか。

 

ということを27年弱生きてきてようやく気付きました。遅い。

 

もっとも、気づいたからといって、出世や結婚ができるかどうかはまた別問題なのですけれども。変化せずに年を取るということがどう思われるのかというのを踏まえて、人生を設計することが重要なんじゃないかと思います。

 

ちなみに、上記の考えに至った原因は、会社の人の家に行くことになったものの、ちょっと貧乏な大学生が住んでそうな部屋で、大学生のような散らかった部屋でして。その人の普段の言動がやたらとテンパってて落ち着きが無くて。若々しく見えるというよりも幼く見えるといった感じで。

自分が年を取った時に同じような状況だったとして、果たしてどう思われるのか、ということを考えちゃったんですよね。


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